患者さんの口腔内や顔の写真、その他、記録、資料撮影のために日本光学(ニコン)の代理店S社で営業を担当していた知り合いに頼んで、55mmのマイクロ・ニッコールと共に手に入れたのは、乏しい資金をやりくりして開業の準備をしているときであった。資金難だと言うと、数日後、指示された、会社からちょっと離れた路上で待っていた私の前に、車が近づいてきて、その営業マンがサッと車から降り、粗末な紙袋に入ったカメラとレンズを私に差し出した。箱や取扱い説明書はない、領収書も出せない、とのことであった。格安の代金を受け取るやいなや、あっという間にまた車で去って行った。その間、数十秒。まるでスパイ映画の情報交換のようである。そのカメラが、どういう経路で私の手もとに来たか不明であるが、顕微鏡、カメラなどニコンの光学器械を大々的に扱っている代理店である。あやしいものであるはずがない。疑いもせず、また、実際、期待が裏切られることもなく、その後、患者さんの顔や口腔内はもちろんのこと、矯正装置の写真、文献の複写、花などの接写、その他プライベートにも持ち歩き、何万回シャッターを押したことだろうか。20年以上使ったが、さすがはニコン、まったく故障知らずであった。大きさも重さも適度で、しっくりと手に馴染む。また、一応露出計内蔵なので、電池を入れれば、どんな状況でも適切な露出が得られる。シャッター優先、絞り優先と、まさに任意の絞り、シャッター・スピードを設定しての撮影が可能である。写真学校の学生は、いろいろな露光条件を理解するため、このカメラの使用を薦められると聞く。仕事で顔や口腔内を撮影する時は、M社製のリング・ストロボを併用し、シャッター・スピードは1/125、マイクロ・ニッコール・レンズの絞りは、顔の撮影はF8、口腔内はF32と固定である。このカメラは、FM2、FM3Aと発展し、平成18年の生産終了後に、中古価格が急激に上昇したそうである。
デジカメ全盛のおかげで、高価だったニコンのマニュアル・レンズも私のお小遣いでも手に入るようになった。何本かのレンズのうち、標準50mm、F1.4をつけて旅にでた。コンパクト・デジカメとは違い、重くてかさばるが、シャッター音、ミラーの跳ね上がる音は心地よい。
道果てる山奥の秘湯、名前の如くミルク色の湯である。野趣十分の混浴露天風呂には、ランプがぶら下がる。学生時代に友人と二人、この温泉郷のもう少し手前の宿に泊まったことがある。8月なのにストーブがたかれ、他に客もあまりなく、夜遅く、徳利かかえてお風呂で飲んでると、おばちゃんが、「ごめんなさいよ。」と男風呂へ入ってきて驚いたが、その宿の名前が思い出せない。
2012-10-09