高校時代は写真部に属し、親父にねだって買ってもらった初めてのマイ・カメラである。部員はほとんど最新式の一眼レフを使っていたが、やはり当時からニコンは別格で非常に高価であった。その頃、土曜日の深夜(といっても、今ならほんの宵の口であるが)、まだ若かりしクリント・イーストウッドが頼りなげな脇役を演じていた旭光学がスポンサーの西部劇があった。それを見ていたせいか、独特のコマーシャルにより「ペンタックス」の名前が頭に刷り込まれてしまった。ニコンを誇らしげに使っている部員もいたが、「ペンタックス」が多かったと記憶する。「ペンタックスSV」のボディーとスーパータクマー55mmF1.8の標準レンズだけである。この「プアマンズ・ニコン」でも、写真好きの高校生を満足させるには十分であった。体育祭、修学旅行は言うに及ばず、普段でも、ことある事に持ち出しては撮影した。
ニコンの重厚なシャッター音に比べ、確かに、軽い、安っぽいシャッター音である。特にミラーが跳ね上がり、そして戻る時の音は、「ペンタックス!!」と聞こえない事はない。スロースピードの時は、「ペッタン、、、コ」とも聞こえる。先輩からたまに広角や望遠レンズを借りては得意になっていたものである。
卒業して10年以上経って開かれた高校時代のクラス会に、このカメラを持って参加した。すると、「おおっ、東郷のカメラだ!!」「まだ使ってんのか?」などと言うかつてのクラスメート達がいた。皆も、このカメラのことはよく覚えていたようである。私も嬉しくなり、酒を飲んで少々酔ったクラスメート達を撮った。
その後は、中古カメラ屋などを覗いては交換レンズを手に入れた。35mm、50mmマクロ、135mm、そして500mmのロシアン・レンズなどなど。子供達の運動会にも望遠レンズをつけ、大活躍した。もう37~38年も経っているのに、2~3年前に、シャッター幕とモルトプレーンを交換し、オーバーホールしてもらったら、絶好調、いまだに現役である。
中山には、日蓮宗の大本山である法華経寺がある。診療室の前の駅前商店街をぬけ、千葉街道を渡り、京成電車の踏み切りを越えると、通称黒門と呼ばれる山門がある。軽い坂道を2分弱歩くと、今度は、赤門がそびえている。いよいよ法華経寺への入り口である。阿吽の像を眺めて門をくぐると、高い木が両側から被いかぶさるような石畳の参道が続く。両側には、いくつもの塔頭がならび、その先、おでんや中山名物の「きぬかつぎ」を売る店が途切れる頃、目の前に重要文化財の五重塔があらわれてくる。
右手に、祖師日蓮を祀ってある「祖師堂」がある。10年かけた平成の大修理が終わったばかりである。その屋根は、比翼入母屋造りという珍しいものである。裏手に室町時代に建てられたという、これも重文の法華堂があり、その傍らの紅葉が美しい。
3万坪の敷地は、市民の憩いの場所でもあり、近くのN先生などは、子供の頃、この境内でかくれんぼをして遊んだそうである。
五重塔、大仏、鐘つき堂、そして境内に咲く四季折々の花などを、折に触れ紹介していきたい。
2003-10-31