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千葉県船橋市本中山2-18-1 二葉屋ビル2F / TEL:047-336-0596 / FAX:047-336-7828 / 院長 東郷幹夫

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  名門復活! 2008年1月18日(金)

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 ドイツの名門、ツァイスがカメラ事業から撤退したのが1971年。その後、ヤシカと提携して復活し、1984年に登場したコンパクト・カメラがこの CONTAX Tである。デザインはポルシェ、レンズはゾナーT*38mm F2.8(4群5枚)、距離計連動式で、レンズがボディ内に納められる、クラシックカメラに多い沈胴式である。このカメラは、確か東京の高級ホテルで販売発表がされたと記憶する。というのは、この発表日の夕方、主にツァイスのカメラやレンズを扱う上野のカメラ店において、ホテルの発表会から帰ってきたダークスーツ、蝶ネクタイ姿のカメラ店の社長が、「すばらしいカメラですよ。」と常連客に興奮気味に説明している場面に偶然居合わせたのである。自分の店で売り込むカメラのすばらしさを強調するのはあたりまえであるが、この種のマニアックなカメラを前にしての、お客と店側の会話は、お互い好き者同士であるので独特の熱気を帯びるのが常である。しかし、当時の自分としてはすぐ手が出る価格ではなく、実際手に入れたのは、発売10数年後、当然製造は中止になっているので中古であった。先に、このカメラの後継器であるオートフォーカスのT2を手に入れて、すばらしい写りと、手にした重厚感、所有する満足感を十分味わっていたので、先代であるこのTの写りにも期待するものがあったが、撮影してみると、決してそれを裏切らなかった。レンズをボディ内に納めると、携行性は抜群である。露出も絞り優先式のAEであるため、ぼかしなどを少々意図的な撮影も可能である。撮影のたびに、手動でレンズを繰り出すのも、この種のカメラの儀式のようなものなので苦にはならない。ただ、繰り出した状態でのピント合わせが少々しにくいのと、外付けの専用ストロボが、本体に比べアンバランスなほど大きい(本体の1/2以上の大きさがある!)のが気になる点である。せっかくのコンパクトなボディが台無しであるが、この種のカメラは、何でもついているバカチョン・カメラやレンズ付きフィルムとは違い、ストロボを使用する機会は少ないので、それほど不便を感じない。
 20年近く前に行った摩周湖は、まさに流行歌の如く、霧にいだかれ、全く視界がきかず、何も見えなかった。昨年訪れた時は、快晴とまではいかないが,湖全体、摩周岳、湖面の向こうには知床半島まで見渡せた。アイヌ語では、神の湖、カムイトーというらしい。湖面の真ん中には、かの林芙美子が「摩周湖のほくろ」と形容したという小島もみえる。晴れていれば、エメラルド・ブルーの湖面に会えたかもしれないが、それはまたの機会に譲ろう。


  網膜カメラ(2) 2007年8月9日(木)

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  Retina(レチナ)とはドイツ語で網膜のことだが、その名を冠したカメラがドイツ・コダックから発売されたのは1934年12月のことだった。ライカやコンタックスはひじょうに高価であったため、もっと安価な大衆カメラとして開発されたのがこのレチナである。コダック製であるので、当然35mmフィルムの消費拡大を狙ったものでもある。その後改良を加え1969年まで作り続けられたようである。非常に息が長いのは狙い通りに大衆に支持されたからであろう。初期型のレチナは、かのヒラリー卿がエベレストに携行していったことでも知られる。折りたたみ式にもかかわらず作りは強固で、携行性と写りの良さでは当時は他に類をみないものだったろう。(かわら版2004.2.15 「網膜カメラ」)
 さてこの2a型は、1951年から1954年まで製造されている。もう50年以上前のカメラである。金属製なので重さは600gでズシリとくる。今までノブでフィルムを巻き上げていたが、この2aからレバー巻き上げで同時にシャッターがチャージされるようになり、使い勝手は抜群に良くなった。それでも、現代のカメラとは違い作法がある。フィルム装填後、巻き上げレバー根元のダイヤルを右に回して前方部の窓のカウンターを使用するフィルムの枚数に合わせなければならない。ボディ底面右寄りにあるボタンを押すとロックが外れ前蓋が開く。一部開いた前蓋を前へ引き出すと蛇腹が延びて所定の位置にパチリと止まる。ファインダーを覗き、レンズ右下のノブを回して、ファインダー内の二重像を一致させピントを合わせるレンジファインダー式である。後はシャッターを押すだけである。所定枚数の撮影を終了して数字が1をさすと、レバーを巻き上げることはできない。初めての時は故障かと早合点してしまう。シャッター手前のボタンを押しながらカウンターを回せばまた巻き上げができる。シャッターはB、1〜1/500のシンクロ・コンパー、レンズは、Schneider-Kreuznach、XenonF2、50mmである。コーティングもあり写りは抜群である。当然、シャッタースピード、絞りは自分で合わせなければならないが。撮影後、レンズをボディ内に納めるには、必ずピント合わせノブを無限遠にし、レンズボードの上下にあるノブを押してレンズを押し込む。
  浅草にはHカメラ店がある。いやそれでなくても、京成電車一本なので、よく出かける。その際は当然だが、仲店をのぞきつつ浅草寺にお参りをする。本堂正面には「浅草寺」の大きな額が掲げられている。このような神社仏閣の造形美には感嘆するし、こころ落ち着くものがある。

  最小カメラ 2007年6月29日(金)

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 世界で最小のカメラであろう。トイ・カメラ(おもちゃカメラ)ではもっと小さいのもあるかも知れないが、実際、作品として写真を撮影できるカメラとしては最小であることは間違いないだろう。100円ライターと比べてもさほど変わらない大きさで、ほとんど手のひらに隠れてしまう。そのため、厚手の本をくり抜いて仕込んだり、靴のかかとの部分に隠して撮影禁止の場所に持ちこみ、貴重な映像を隠し撮ったとか、本当かどうか分からないような話が伝えられている。1981年発売で、Minox初めてのプラスティック・カメラである(Minox製35mm版カメラではプラスティック製もある)。私が手に入れたのは発売後大分経ってだが。もちろんMade in Germanyである。従来の機種はすべて金属製で、その小ささの割には重厚さを感じさせる適度な重さであるが、このECはプラスティック製のためか45グラムとかなり軽い。操作感は金属製の感覚には及ばないが、さすがにMinoxである。それなりにしっくりとくる。レンズは15mm、F5.6の固定焦点、固定絞りである。もともと他のMinoxと同じF3.5のレンズをF5.6にしぼっているようである。露出は、シャッタースピードが光量に応じて8〜1/500秒の間で自動調節されるオートである。皆がイメージしているカメラとは大分かけ離れている形をしているので、友人達の前でこのカメラを取り出すと一様に「何、それ?」と怪訝な顔をする。その反応をみるのも一興である。フィルムサイズは8×11mmである。特殊サイズのフィルムだが、大手カメラチェーン店でいつでも入手可能である。私は専用のカッターで35mmフィルムから切り出して専用カートリッジにつめている。12枚撮りの35mmフィルムから、約30枚撮りフィルムが2本とれる。現像、焼き付け(DPE)は今でもフジの現像所で扱ってくれる。フィルムを入れ、Minox伝統のプッシュ・プル式でフィルムを送ると自動的にシャッターはチャージされ、あとはファインダーをのぞきオレンジ色のシャッター・ボタンを押すだけである。それでもかなり鮮明な写真が撮れる。
 学会の懇親会では、全国から集まってくる仲間と楽しい時間を共有する。またその後気のあう数人と二次会にくり出すのも楽しみの一つである。地元の先生から美味しい肴と地酒、そし安心な店の情報を仕入れて出かける。仙台だったか神戸だったか、例の如く「何、それ?カメラ?写るの?」などの会話があったあと、タイミングをみてパチリ。ご機嫌のA先生である。

  カプセル・カメラ 2007年6月29日(金)

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  日本のオスカー・バルナックと言われるオリンパスの米谷美久さん設計なるコンパクトカメラである。1979年発売のこの小さいボディには十分過ぎる機能が盛り込まれている。シャッター速度は1〜1/500、レンズはズイコーF2.8、5群6枚、絞り優先AEで距離計連動である。前面カバーをスライドさせるとレンズが出現する。携行時には、このカバーによってレンズが覆われているので、ケースレスである。シャッターボタンは、触れると同時に作動する電子シャッターで、通常の機械式シャッターに慣れている私なんぞは、じっくり構える前にシャッターがおりてしまい、恥ずかしながらぶれぶれのカットが増えてしまう。また、前面カバーはプラスティック製のため、撮影しようとカバーをスライドさせる時、力がはいりすぎつぶしそうで心配である。しかし、ポケットに気楽に入れたり、首にぶら下げて気楽に持ち歩くには重宝する。絞り優先、距離計連動の上、+1.5の露出補正が可能であり、セルフタイマーも内蔵されているので種々の状況に対応できる。サブカメラとして常時傾向するプロカメラマンも多かったと聞く。
 さて、私はというと、カメラ雑誌などで評判であったが、このXAシリーズが終了してかなり経ってから手に入れたと記憶する。もちろん中古でであるが。ファショナブルなネックストラップも手に入れた。が、最初使ってみて、前述のように、カメラを抱えてから心の準備ができていないうちに、そして上面のフラットなシャッターボタンをファインダーをのぞきつつ指で探しているうちにシャッターボタンに触れてしまってシャッターがおりてしまう、というような情けない写真が一本のフィルム中に何カットもできてしまった。これがライカなどのように、じっくり構えてシャッターを押すという私の撮影スタイルに馴染まなかったせいか、すぐにお蔵入りになってしまった。先日、久々にフィルムを入れて、夕刻、いつものジョギングロードに出かけた。沈みゆく太陽を背にしているだろう富士山がシルエットのように海の向こうに見えた。ジョギングロードと砂浜をわけるコンクリートの堤の上にそっとカメラを置き、距離は無限、絞りはF2.8にしてセルフタイマーをセット、露出はオートであるから、適正光量でシャッターは閉じる。確かに便利である。


  最強(?)Leica 2006年11月27日(月)

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 Leicaの生みの親、オスカー・バルナックが作った最後のLeicaといわれる。
ファインダーと距離計が別になっている2眼式であるが、Leicaの基本形態はこの。aで完成である。Leitz社の一番いい時代にあたり、とてもしっかりとした頑丈な作りである。ゆえに。aを最高のLeicaとするマニアもいるようである。シャッターは、1、1/2、1/4、1/8、1/20の低速と1/30、1/40、1/60、1/100、1/200、1/500、1/1000の高速の2軸式である。シャッターボタンを押すと、コトリと独特の音がする。私の 。aはBody No.201841で年表によれば1936年製である。
 ファインダーは標準の50mm用なので、私のように35mmレンズを多用する場合は、他に専用のファインダーが必要になる。ボディ上面にあるアクセサリー・シューは、外部ストロボを付けるためと思われている人が多いが、もともとは標準レンズ以外を使う場合に、専用ファインダーを付けるためのものである。さて、写真の。aの底蓋は、ライカ・ピストルという迅速巻き上げ装置が付いている。ピストルの引きがねのような部分を指にかけて引くと、フィルムが巻き上げられシャッターがチャージされる。連写、速写が可能である。いわゆるラピッド・ワインダーである。レンズはエルマー35mm、F3.5、専用フードが付いている。アクセサリー・シュー上の35mm専用ファインダーは、覗いてみると見えがすばらしい。大げさでなく、肉眼より明るくはっきり見える。ライツを代表する単体ファインダーであり、非常に人気が高い。この組み合わせだと、非常に快適に撮影が出来る。写りは現代のカメラと遜色ない。いやそれ以上によく写る。このエルマーは写りはシャープでも味わいがある。
 ちなみに、このボディとレンズ、フード、ワインダー、そしてファインダーの組み合わせは、かなり高価で、おそらく最新の高級一眼レフ・デジカメを購入できるほどになってしまうであろう。今のご時世ではナンセンスかも知れない。しかし、すばらしく見えの良いファインダーを覗きながらコトリ、コトリとシャッターを押しての写真撮影は、デジカメにはない充足感が味わえる。今でも、たまに持ち出しては70年前の時代錯誤的超アナログの世界を楽しんでいる。
 幕張メッセの一画は、「幕張新都心」と言われ、青空のもと、高層住宅や街路樹をジョギングする風景は、異国的な雰囲気をかもし出す。

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